もう忘れちゃったよ。
思い出しながら、しらべてみました。
「王」という言葉は古代中国語に発する。最初の王朝の殷、それに続く周の君主も「王」を名乗っていた。春秋時代に周の統治能力が衰え、群雄割拠の時代になっても封建制のもと各君主は周王を尊重して王を名乗るものはいなかった。楚のように周を指し置いて「王」を名乗るのは文明外の蛮族を称するようなものとみなされた。しかし、戦国時代には封建制が崩壊し、各国の君主が「王」を名乗ると「王」の価値が暴落した。そのため戦国時代を統一した秦王の政は自らを「皇帝」と名乗ることになった。それに続く漢も皇帝を君主号として使用し、最後の王朝清まで至上の君主号であり続けた。一方で「王」は皇帝に次ぐものとされ、皇帝の一族が各国に封じられときに与えられる称号となった。そのため、皇帝の支配の及ばぬ、外国の君主を「王」にする、擬制することで、「世界を支配しているという事実」を作ろうとした。冊封体制である。そのため、東洋では「王」は中国皇帝から賜る称号であり、中国皇帝に臣従した証しとなった。
日本では早くから冊封体制を脱し、君主には天皇の称号を事実上の「皇帝」の称号として使用してきた。そのため、中国と貿易をするときなどに用いられる「日本国王」の称号は、事実上天皇よりも下位とされ、なおかつ政治的実権を握った将軍が名乗るケースが慣例となった。
君主が国内向けには「国王」と自称していない場合も、対外的に称する外交称号として用いられた事例がある(日本の将軍、ベトナムの太上皇など)。琉球以外の日本では制度上国王という位が設けられたことはないが、天皇を指して国王、王と呼ぶ例は軍記物語などの文献に広く見られる。
現在の「王」
近代では立憲君主制を採用する国が多く、そのような国では国王の役割は儀礼的なものとなってきているが、外交や公式・非公式な場での発言などによる政治的な影響力は大きい。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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